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くろちゃんのママ

Author:くろちゃんのママ
2011年3月11日東日本大震災の日に癌宣告(ステージ4)を受け、5月に直腸癌摘出手術、6月に転移した両肺の手術、7月から抗癌剤を当初の予定の8セッション受け12月末に終了。

2012年肺に再発があり11月中旬に摘出手術

2013年7月更に肺に再発、11月に右肺をラジオ波焼灼、12月に摘出手術

黒猫のくろちゃんと2人暮らし(=^・^=)

自分の経験や情報をシェアすれば何か役に立てるかも、と思い、最初の抗がん剤投与から1年たった2012年7月29日にBlogを書き始めました。

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手術終了!
「お客さん、終点ですよ!」

と、車掌さんに肩をたたかれ
「んん。。。」とゆるんだ口元を手の甲でぬぐい
働かない頭で起こっている事態を理解しようとしてみる


「手術、終わりましたよ~」
と先生の声が遠くで聞こえた

麻酔から覚めた直後は、終点まで寝てしまったときと同じ感覚だった

「んん。。。」と声にならない声を出し、事態の理解に努めてみる

そのとたん極度の寒気に襲われ、
歯がこわれてしまうのでは、と思うぐらいガチガチと鳴って体が震えている

両手であごを押さえたかった
でも腕は動かなかった

手術中体が冷えないようにとくるんでくれたアルミの保温シートのようなものは
冷え症の私には効果がなかったのかしら


寒気の次に私を待ちうけていたのは
安い日本酒を飲んだ翌朝のように(そういう経験はないんだけど)
天井がぐるぐる回り始め、吐き気が襲って来た


そして華奢な看護婦さんたちが今度は私をストレッチャーに乗せてくれた
そのとたん私は便失禁をした
自分の体は陳腐だが鉛のように重く思うように動かない
よく言われている亡くなった方は筋肉が弛緩し便尿が漏れてしまうのと
同じ状態だったのではないだろうか

前日に下剤を飲んだので、てっきり体の中はからっぽかと思っていたのに

看護婦さんたちの聞こえないぐらいの小さな舌打ちは
私には空を切る鞭の音のように聞こえた
しぼるように「ごめんなさい」と言うのが精いっぱいだった

非力な自分をうらんだ

せっかく着せてくれた浴衣を汚してしまい、
また着替えの手間をかけさせてしまった。


私の母も汚物まみれの浴衣が入ったレジ袋を渡されて
たいそう困っただろう。。。


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テーマ: - ジャンル:心と身体

手術 | 10:39:11 | トラックバック(0) | コメント(0)
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